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千葉地方裁判所 昭和47年(ワ)76号 判決

原告(反訴被告) 高松均

右訴訟代理人弁護士 今川一雄

同 児玉安正

同 斉藤善夫

右訴訟復代理人弁護士 大嶋匡

同 濱田安宏

被告(反訴原告) 大家敏雄

右訴訟代理人弁護士 村藤進

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し一〇万円及びこれに対する昭和四七年二月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

三  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用中本訴につき生じた分を一〇分しその一を被告(反訴原告)、その九を原告(反訴被告)の負担とし、反訴につき生じた分を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(本訴について)

一  原告(反訴被告)

(一) 第一次請求

1 被告(反訴原告)は別紙目録記載の建物を現在及び将来にわたって卓球場として使用してはならない。

2 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し五〇万円及びこれに対する昭和四七年二月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

4 2及び3につき仮執行の宣言

(二) 第二次請求(前記(一)の1の予備的請求)

被告(反訴原告)は別紙目録記載の建物内において現在及び将来にわたり五〇ホーン以上の騒音を発して卓球をしてはならない。

二  被告(反訴原告)

(一) 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴について)

一  反訴原告(被告)

(一) 反訴被告(原告)は反訴原告(被告)が別紙物件目録記載の建物内で非営業として卓球をすることを妨害してはならない。

(二) 反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し五〇万円及びこれに対する昭和四八年一一月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は反訴被告(原告)の負担とする。

(四) (二)につき仮執行の宣言

二  反訴被告(原告)

(一) 反訴原告(被告)の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は反訴原告(被告)の負担とする。

(以下原告(反訴被告)を原告、被告(反訴原告)を被告と略称する)

第二本訴について

一  請求原因

(一)  被告は昭和四六年始め頃から肩書住所地に卓球場である別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を建築し、同年四月一日から右建物内に卓球台三台を設置して桜ヶ丘卓球場なる名称で卓球場営業を開始した。その営業時間は午前八時から午後一二時(午前零時)までで、右時間帯においては常時八〇ホーンに達する卓球の打撃音、競技者の歓声等の騒音(以下卓球騒音という)を発していた。

(二)  本件建物所在地は建築基準法四八条に規定する第一種住居専用地域であり、同地域には同条別表第二(い)項に定める建物しか建築できない制約があるのに、卓球場である本件建物は同項に含まれないからその建築はこれに違反している。そこで、船橋市長は原告からの右違反建築についての異議申出に基づき、昭和四六年七月二日被告に対し、本件建物を卓球場として使用することを中止して、住宅に改築し、かつ建築確認申請の手続をとることを命じた。被告は右命令に従うことを約しながらこれを履行せず、かえって同年八月二二日には町内に回覧板をまわして本件建物において卓球・麻雀・囲碁大会の開催を計画し、また、卓球をやらせるためわざわざ中学生を学校まで迎えにいったり、卓球の常連客が大声を出すのを放任したり、昭和四七年七月始めからは常時二名を宿泊させて夜間卓球をやらせるなど本件建物を卓球場として継続的に使用していた。

(三)  原告は本件建物敷地に隣接する肩書地に建築された自宅に居住し、日夜英和工業実語辞典完成に没頭しているが、本件建物の卓球騒音は原告の右著述作業を妨害し、かつ原告の安眠を妨げるなど原告方の住居の平静を乱している。

ところで、千葉県公害防止条例、同施行規則によれば、騒音規制基準は住居専用地区において午前八時から午後七時まで五〇ホーン、午前六時から午前八時まで及び午後七時から翌日午前一時まで四五ホーン、午前一時から午前六時まで四〇ホーンであるから、前記のように常時八〇ホーン以上を発する卓球騒音により被る原告の前記被害の態様及びその程度は社会通念上受忍しなければならない限度をこえていることは明らかである。

被告の本件建物の卓球場としての使用状況は本訴提起後に若干の変化はみられるが、昭和四八年頃までの間に家族間の競技と称して営業的規模で卓球をした事実があり、現に本件建物内には未だに卓球台が一台残っており、更に合計三台を設置できる空間もあるから、被告が今後受忍限度をこえる騒音を発して本件建物を卓球場として使用する蓋然性は十分にあるということができる。

(四)  原告は本件建物における卓球騒音のため前記のような被害を受けているので、平和裡に問題を解決する目的で被告に対し交渉を申入れたり騒音につき注意をすると、被告は少しも反省することなく、かえって原告を面罵する態度に出ることもあった。

(五)  原告は以上のような卓球騒音及び被告の反抗的態度のため著しい精神的肉体的苦痛を蒙っている。

(六)  そこで、原告は被告に対し人格権及び本件建物に隣接する自己の建物所有権に基づき請求の趣旨(一)の1又は(二)記載の差止を求めると共に、前記不法行為による慰藉料として五〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和四七年二月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因の認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち被告が本件建物内に卓球台三台を設置して桜ヶ丘卓球場なる名称で昭和四六年四月一日から卓球場営業をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は昭和四六年三月頃肩書地上に所有していた建物を全面改築をして本件建物としたうえで同年四月一日から同年六月下旬頃まで同建物内において卓球場営業をしていたに過ぎない。同(二)の事実のうち本件建物所在地が建築基準法四八条一項に規定する第一種住居専用地域であること、船橋市長が被告に対し、本件建物を卓球場として使用することを中止し、本件建物につき建築確認申請手続をするよう指示したことは認めるが、その余は否認する。被告は船橋市長の指示に従い建築確認申請をなし同年八月二六日用途を住宅(子供室)としてその確認を得、更に同年九月二二日付で同市長より本件建物が法規に適合している旨の検査済証の交付を受けた。また、被告は昭和四六年八月始め頃地元の桜ヶ丘卓球同好会役員から卓球大会のため本件建物を使用させてもらいたい旨の申入れを受けこれを諒承したことはあったが、右大会は被告が主催したのではない。同(三)の事実のうち原告が本件建物敷地に隣接する肩書地に建築された自宅に居住していることは認め、本件卓球場内の音がいわゆる受忍限度を超える程度にまで達していることは否認し、その余は不知。原告の主張する被害には具体性がない。同(四)及び(五)の事実は否認する。同(六)は争う。

(二)  被告は本件建物内において非営業として卓球を行なうことがあるにすぎず、そのことは被告の自由に属することであり、なんら違法ではない。その詳細は反訴請求原因に述べるとおりであるが、第一次請求の第一項はどのような使用形態の差止めなのか特定されていない。

第三反訴について

一  請求原因

(一)  本件建物は被告の所有であり、船橋市から昭和四六年八月二六日住宅(子供室)として建築確認を得、同年九月二二日検査済証の交付を受けた。

(二)  被告は昭和四六年四月一日から本件建物において卓球場営業を開始したが、その直後頃原告が右営業につき船橋市長に対し苦情を申出た。本件建物については建築確認申請手続がなされていなかったので、被告は同市長の指示により、右申請手続をなし、かつ近隣者から卓球場建築についての同意を得てその旨の同意書を提出した。原告も近隣者の一人として同年五月二四日付で「騒音防止のため土地境界にブロック塀を構築すること」などを前提として卓球場建築に同意した。そこで、被告は原告宅との境界にブロック塀を建築し、また、本件建物のうち原告宅に面する壁に原告の希望する防音材を用いて騒音防止工事をした。しかるに、原告は同年六月二三日頃船橋市長に対し被告の卓球場建築に対し異議を申立て事実上前記同意を撤回し、同市長も被告に対し卓球場の建築確認申請を取下げてほしい旨要請した。そこで、被告は右指示に従って右申請を取下げ、前記(一)に述べたとおり、改めて本件建物につき住宅用(子供室)として建築申請をなし、同年八月二六日その確認を得、同年九月二二日検査済証の交付を受けた。

(三)  右に述べたような経過があったので、被告は昭和四六年六月二四日以降は本件建物内で卓球場経営をすることをやめ、時折、家族、知人、友人らと昼間の僅かな時間遊び又は運動として卓球を平穏裡に楽しんでいるにとどまっていたが、昭和四八年六月下旬本件建物を改築して六畳二間、押入、浴室、台所等を作ったので、本件建物内で卓球ができる板敷部分の空間は卓球台一台が設置できる三五平方メートル程度に過ぎなくなった。その後被告は現在に至るまで本件建物内において全く卓球を行なっていない。

(四)  このように、被告が原告の異議申出により卓球場経営をやめてからも、原告は被告の家族らが卓球をはじめると、玄関先にきて怒鳴り散らし、自宅ベランダから大声を出して中止を要求したり、「自分は弁護士と裁判官と懇意だから何としてでも卓球をやめさせる。この建物で卓球大会をやったら警察で逮捕してもらう」などといって、被告及びその家族をおどかした。また、原告は被告方へ訪ねてくる人をのぞいたりカメラを向けたりして被告及び家族が知人、友人らと円満に交際することさえ妨害している。

(五)  被告が自己所有の本件建物内で営業を目的とすることなく遊び又は運動等として娯楽目的で平穏裡に卓球をすることは本来自由であり、何人もこれを妨げることは許されない。被告は本件建物内において現在は卓球を行なっていないが、仮に過去に非営業として卓球をしていた期間音声を発し、或は今後もし卓球をして音声を発することがあり、その音声が原告方に達するとしても、前記のように原告宅とはブロック塀で仕切られ、本件建物には防音材が用いられているのであるから(特に昭和四八年六月以降は建物内の構造も変った)、その程度の音声は社会生活上原告において当然受忍しなければならない。

原告の前記(四)の行為はこのような被告の自由に対する侵害であり不法行為を構成する。被告は原告の右不法行為によりいくたの精神的苦痛を蒙ったが、これに対する慰藉料は五〇万円を下ることはない。

(六)  よって、被告は原告に対し、被告が本件建物内において非営業として卓球をすることを妨害することの禁止を求めると共に前記不法行為による慰藉料として五〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和四八年一一月三〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因の認否

請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、被告が昭和四六年四月一日から本件建物において卓球場営業を開始したこと、原告が昭和四六年五月二四日付で「騒音防止のため土地境界にブロック塀を構築すること」を前提として被告の卓球場建築について同意をしたこと、被告が原告宅との境界にブロック塀を建築したこと、原告が同年六月二三日船橋市長に対し被告の卓球場建築に異議を申立てたことは認めるが、その余は不知。同(三)の事実のうち本件建物改装は不知。その余は否認する。同(四)の事実は否認する。同(五)の事実は否認する。同(六)は争う。

第四証拠関係《省略》

理由

一  被告がその所有にかかる本件建物内に卓球台三台を設置して昭和四六年四月一日から桜ヶ丘卓球場なる名称で卓球場営業をしていたこと、本件建物所在地が建築基準法四八条一項に規定される第一種住居専用地域であること、原告が本件建物敷地に隣接する肩書地に建築された自宅に居住していること、原告が昭和四六年五月二四日付で「騒音防止のため土地境界にブロック塀を構築すること」を前提として被告の卓球場建築について同意したが(右同意につきなお留保条項があったことについては後に述べる)、同年六月二三日船橋市長に対し右建築に異議を申立てたこと、被告が原告宅との境界にブロック塀を建築したこと、被告が本件建物につき船橋市長から昭和四六年八月二六日住宅(子供室)として建築確認を得、同年九月二二日検査済証の交付を受けたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(一)  被告は原告方敷地の東側及び南側にカギ状に隣接する肩書地の自宅に居住していたが、昭和四六年初め頃から自宅敷地中原告方敷地の東側隣接部分に別棟として建築されていた木造の約一二坪の建物を、建築基準法所定の確認又は許可の手続を経ることなく、卓球場営業を目的として、建坪約三〇坪の本件建物に増改築し(実質は新築)(以上の各建物の位置関係及び建物内部は別紙図面一のとおりである)、同年四月一日から金曜日を除く毎日午前九時から午後九時までを営業時間として卓球場営業を始めたが、終了時刻は必ずしも厳守されなかった。しかし、後記のように卓球騒音に悩まされた原告の通告により被告の無届建築による卓球場経営の事実を知った船橋市長は、原被告の居住地区が建築基準法四八条一項にいう第一種住居専用地域であるため、同項但書による特定行政庁の許可がない限り、同法別表第二(い)項により営業用としての卓球場を建築できないものと判断し、同月中旬、同条九項による手続を経る前提として、被告に対し、卓球場建築につき近隣住民の同意を得たうえで、卓球場として同法四八条一項但書所定の建築許可を得るための申請をするよう指導した。そこで、被告が同年五月二四日付の原告を含む近隣住民四名の同意書を添えて(原告の同意が留保付であったことは前記一及び後記(四)のとおり)建築許可申請をなし、同市長としてもこれを受けて同条九項による公開の聴聞、建築審査会の同意のための準備をしていたところ、同年六月二三日に至り原告が後記(四)に述べる経緯により被告の卓球場建築に異議を述べ、結果的には右建築につき近隣住民一名の同意を欠くことになったので、船橋市長は、被告に対し、同年七月二日頃卓球場としての使用を中止し建築許可申請を撤回し、住宅(子供室)としての建築確認申請をすることを勧告し、更に同月二六日建築基準法違反を理由として本件建物の使用を禁止した。被告もこれらの措置に従い、同年八月二三日その旨の確認申請をなし、かくて、前記一のとおり本件建物につき同月二六日用途を住宅(子供室)とする建築確認がなされ、同年九月二二日付の検査済証が交付された。

(二)  被告は、前記のとおり、昭和四六年四月一日より本件建物において卓球場営業を開始したが、原告の異議があったため、同年六月二五、六日頃から卓球場営業を一切取止め、以後家族間又は友人知人間で日中に卓球をするにとどめ、卓球騒音については意を用いていたが、稀には子供を五、六人集めて競技したり、夜間にも競技をして騒音を発したこともあった。しかし、本訴提起(昭和四七年二月一八日)以後を境として漸次使用回数使用人員も減少し、後記のように昭和四八年六月頃に本件建物を改築して以後は殆ど利用しなくなり、同年一一月以後は全く卓球を行なうことなく現在に至っている。

なお、被告は、昭和四六年八月、町内の卓球同好会から同月二二日の一日だけということで本件建物を卓球大会場とすることの申込みを受け船橋市当局も一日だけの利用ならば差支えないとの意向を示したので、これを承諾した。そして、同好会により「卓球大会開催のお知らせ」と題する文書が町内に回覧された。しかし、その直後に原告より右大会開催につき異議が述べられたので、結局右大会は中止となった。

(三)  本件建物は木造で原告方に面する内壁はプリント合板、外壁はカラートタン板でめぐらされ、床は板張り(フローリング)で、当初の内部の状況は別紙図面一のとおりであったが、昭和四八年六月被告は本件建物の内部を別紙図二のとおり改築した。このため、本件建物において卓球をなし得るのは子供室部分のみとなり、その面積も一台の卓球台をおき競技し得る程度に過ぎなかった。

(四)  原告は本件建物敷地の西側に隣接する土地(借地)上の自宅に居住し長年月をかけ工業用語の和英対照のための辞典作成に従事していたが、原告及びその家族は、被告が昭和四六年四月一日から本件建物において卓球場営業を開始してからその営業時間(午前九時から午後九時まで)中、ときには、午後一〇時過ぎに至るまで断続的に聞こえてくる競技者の嬌声、歓声、ラケットの打撃音、ラケットで台を叩く音、球を壁にぶつける音、床をふみならす音等の卓球騒音に悩まされた。特に本件建物の床が板張りであるため、床をふみならす音が大きく伝播し、また、原告の居室は本件建物に面した側にありいわば本件建物と背中合わせの位置にあるため、原告はこれら騒音に極めて不快感をいだき時には頭痛を感じ、辞典作成作業の能率も落ちるようになった。原告は同年四月三日を第一回としてしばしば被告に対し苦情を申し出て自粛を要望し、被告もこれに応ずる旨回答したが、卓球騒音の減少はみられなかった。その後被告が前記(一)の経緯で本件建物につき建築許可申請をなすにあたり、原告も同年五月二四日被告から「騒音防止のため境界にブロック塀を構築し、これによるも騒音がやまない場合は卓球場の床の問題について協議する」旨の念書を徴したうえ、被告による右念書の内容の実行を前提として被告の卓球場建築に同意した。その後被告はいずれも自己の負担で、原告の居住地との境界に高さ約二メートルのブロック塀を設置し、また、本件建物の壁面に原告側で指定した防音材を入れたりなどしたが、原告が感ずる騒音の量に減少はみられなかった。そこで、原告は右念書に従い、本件建物の床面を板張りからコンクリート敷にすることの改造を求めたが被告が経費のかかることを理由に難色を示したため、同年六月二三日に至り船橋市長に対し卓球場建築につき異議を申出た。その後、前記のとおり被告は同市長の勧告等により本件建物において卓球場営業をすることをやめ時折家族、友人間で卓球競技をするにとどまったが、その間にあっても、一時的に発生する音により原告は不快を感じ、被告に対しその中止方を求めたこともあった。

三  原告の慰藉料請求について

自己所有建物内において、営業を目的とすると否とにかかわらず、卓球をすることによって騒音を発し、これにより隣地上に建物を所有しこれに居住する者に対し受忍限度をこえると認められる被害を与えることは、隣地居住者の平穏な生活を乱す違法な行為というべきであるが、かかる行為は直接には居住者の建物所有権の機能を侵害する不法行為を構成する。特に、本件の場合原被告の居住地域は都市計画法八条一項一号にいう第一種住居専用地域であるから、同地区において建築が禁ぜられた建物を列挙した建築基準法四八条一項本文、別表第二(い)に照らし、常時騒音を発する蓋然性の高い営業用卓球場の建築には同法四八条一項但書により特定行政庁の許可が必要であると解すべきところ、前記認定のとおり、被告は右許可を得ることなく、旧建物を卓球場向きに改装した本件建物において、昭和四六年四月一日から同年六月二四、五日頃まで卓球場営業をしていたのであるから、被告の行為は建築基準法に違反するものといわざるを得ないのであり、右期間中断続的に本件建物内から発せられた前記認定の卓球騒音は隣地に居住する原告及びその家族に対し受忍限度をこえる被害をもたらしたものというべきである。

営業停止後においても被告の卓球場利用により原告が不快を感ずることがあったことは前記認定のとおりであるが、それは瞬間的現象としてとらえ得るにとどまり、その程度、時間帯、継続性が必ずしも明らかでない(原告本人尋問の結果((第一回))により真正に成立したと認められる甲第一一号証も右期間経過後もなお被告が営業を継続しているとの前提で作成されており、どの程度の正確性を有するものか疑問である)。そもそも、個人の日常生活においておこり勝ちな騒音等によるいわゆる生活公害の受忍限度は、被害者及び加害者と主張される者の双方の利害を較量し、侵害及びこれに対する被害と主張されるものの性質、程度、態様その他諸般の事情を勘案し、総合的観点から特に慎重に判断しなければならないものであり、一時的現象のみからこれを推し量ることは、個人の日常生活の自由をおかす危険があるから、極力避けるべきものである。《証拠省略》中には原告ら家族が被告の営業停止後も営業期間中と同様の卓球騒音に悩まされたという部分もあるが、原告ら家族が被告の営業期間中卓球騒音に悩まされたという被害意識が強かったため、営業停止後も卓球による音量を平常人以上に鋭敏に感じとったものとも推測され、また、《証拠省略》によれば、原告の妻光子が昭和四六年秋頃から昭和四七年一月頃骨髄炎を患っていたことが認められるから、妻光子も平常人以上に音に対し敏感であったと想像されるが、被告が光子の右症状を認識していたものと認むべき証拠はない。以上要するに、営業を停止した昭和四六年六月二四、五日頃以後の卓球場の利用による受忍限度をこえる騒音を認むべき資料は不十分である。

右に述べたところによれば、被告が本件建物を卓球場として利用し受忍限度をこえる騒音を発した昭和四六年四月一日から同年六月二四、五日頃までの営業期間中についてのみ不法行為が成立するに過ぎないから、被告は右期間中卓球騒音により被った原告の精神的苦痛を金銭により慰藉すべき義務がある。そして、その慰藉料額は、営業用卓球場としての本件建物改築が建築基準法違反であったこと、本件建物の構造上当初の卓球騒音はかなり高度であったと推測されること、他方原告も一旦は留保付ながら卓球場建築に同意したこと、被告も原告からの異議後ではあるがブロック塀の建築、壁面への防音材の使用等により卓球騒音防止に努力を試みたこと、営業期間が三か月にもみたなかったこと等のほか本件にあらわれた諸般の事情を勘案し、これを一〇万円と算定するのが相当である。

なお、原告は、このほか被告の不法行為として、原告が卓球騒音問題の平和裡解決のため被告に交渉申入等をすると被告が原告を面罵した旨主張し、《証拠省略》中にはこれに添う部分があるも、これを否定する《証拠省略》と対比すると、原告の右主張事実の存在につき心証を得るまでには至らない。

四  原告の差止請求について

自己所有の建物に居住する者は、受忍限度をこえる騒音により生活の平穏を害されるとき又は将来において害されることが高度の蓋然性をもって予測されるときは、その建物所有権に基づきその騒音を発する者に対し受忍限度以下の音量発生にとどめるよう請求することができる。これを本件についてみると、被告が昭和四八年六月頃本件建物を改築して以来殆ど卓球場として使用しなくなり、同年一一月以後は全く卓球を行なわず現在に至っていることは前記のとおりであるから、将来における侵害の可能性が検討されなければならない。

《証拠省略》によれば、被告は右改築後間もなく本件建物内の六畳二間、四畳一間を他人に賃貸し、また、卓球台一台により競技をする程度の空間しかない子供室もその全部を自己の経営するスポーツ用品会社に倉庫として賃貸したこと、以来同会社が子供室をトレーニングウェアー等の製品置場に利用していること、被告としては今後営業用卓球場として本件建物を利用する計画は全くないが、いずれ長女(現在大学三年在学中)に養子を迎え孫の出生をみたら会社より子供室の返還を受け再び家族間でレクリエーションとして卓球を楽しみたいという意図は有していること、しかし、現時点では、会社も他に倉庫もないため子供室を明渡すことができず、当分の間同室において卓球をすることができない状態が継続することが予測され、被告としても会社に対し明渡を求める意図を有していないことが認められる。

右の事実によれば、被告は現在はもとより将来とも本件建物において卓球場営業をする意図はなく(本件建物を再改築し畳敷きの部屋の部分を撤去しない限り、営業としての卓球場利用は不可能であるし、それが事実上なし得ない実状にあることは右の認定から知り得るから、被告の右意図は信用してよい)、家族間でレクリエーションとして卓球を行なうことを考えているにとどまっており、それも極めて具体性に欠けその時期すら定まっておらず、全くの願望に過ぎないものと認められるのである。従って、被告が近い将来において非営業としてすら本件建物において卓球を行なう蓋然性は極めて低いものといわなければならない。加えて、被告が営業停止後漸次自粛し卓球を行なう回数を減らしたうえ、本訴提起を契機として卓球場としての利用問題が終息に向ったことを考えれば、仮にいつの日にか被告が本件建物において卓球をすることがあったとしても自粛を期待し得る素地が十分醸成されたものということができる。

以上のような実状を勘案すれば、現時点において将来を展望する限り本件建物における卓球騒音に起因する原告の生活の平穏に対する侵害の蓋然性が存在し、かつ継続するものと認めることは困難であるというほかはないのである。そうであれば、――原告の差止めに関する請求の趣旨自体にいずれも問題はあるがその点はさておくとして――原告の差止め請求に関する部分はいずれも理由がない。

五  被告の妨害禁止請求について

前記四に認定したとおり、被告は現時点において本件建物において卓球を行なっておらず、また、将来において願望の域をこえて卓球を行なうことにつき具体的計画すら持合わせていないのである。このように、将来行なわれる蓋然性が極めて低い行為を取上げ、予めこれにつき訴により妨害禁止を求めることは許されないものというべきであるから、この点に関する被告の請求は理由がない。

六  被告の慰藉料請求について

《証拠省略》によれば、原告が被告が本件建物において卓球場経営をしている期間中、原告宅敷地内からブロック塀に梯子を立てかけて本件建物をのぞいたり、被告に対し「うるさい」といって怒鳴ったり、玄関の戸をがたがたさせたり、入場者に対しカメラを向けたりしたことが認められる。かかる原告の言動は相当性を欠くものといわざるを得ないが、被告においても建築基準法に違反して本件建物を営業用卓球場として改築し、かつ受忍限度をこえる騒音を発していたのであり、原告の右言動もその制止行為の一環と認め得るのであるから、かかる双方の事情を対比すれば、原告の右言動は未だ被告に対する不法行為を構成するとまでは解し得ない。

次に、被告が営業を停止した後も原告が被告に対し反訴請求原因(四)記載のような言動に出たことについては、一部これに符合する《証拠省略》によるも、その回数、程度、態様が必ずしも明確ではなく、他方証人高松光子、原告本人はこれを否定する供述をなしており、結局、右の点についても不法行為が成立するとの十分な心証を形成するには至らない。(なお、《証拠省略》によれば、原告は被告の営業停止後も本件建物に出入りする者、本件建物内部の状況等の写真撮影をしたことは認められるが、これをもって不法行為と認めることは困難である)

七  以上述べたところによれば、原告の本訴請求は慰藉料一〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和四七年二月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求及び被告の反訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。なお、原告勝訴部分の仮執行宣言については相当でないと認め、これを付さない。

(裁判官 松野嘉貞)

〈以下省略〉

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